「萌え」について ~ こんなふうに考えてみました

新しい言葉が出てくると、今までと違って意味に使われるようになると、必ず反論する人たちがいます。当然でしょうね。雅ある言葉がインターネットなどを通じて広がっていったのですから。その気持ちは分からなくはありません。

「萌え」。現在、ものすごく狭い意味としてはアニメやマンガ、ゲームなどの2次元キャラの熱烈的なファンが口にする言葉というイメージでしょうか。「これ、イイ!」や「これ、好き!」を超えた感じにも聞こえます。

◆オタク文化と…

当然、いわゆるオタク文化とも切り離せません。一緒になって浸透してきた歴史に近いものがあります。一時期、オタクも否定的な意味として使われることが多かったように記憶していますが、現在ではそれも消えかけているのが実情ではないでしょうか。

大衆文化が、本来の言葉を超えてしまったのかもしれません。実際、この件に関しては評論家たちが論じています。つまり、ただの流行語ではなく、ひとつの感情を表現する言葉として認知されてきました。

良い悪いではなく、言葉は変わっていきます。これまでもそうでした。オタクは英語でも通用します。今後の「萌え」がどうなるのかは分かりません。ただ、言葉というものはそもそも時代とともに変化していってもおかしくない面があるように思います。

そもそも「萌え」って名詞?動詞?

とても、あいまいな言葉です。「萌え」。名詞にもつかえます。特に「萌える」と言わなくても動詞っぽいニュアンスで聞こえるときも。感情が高まれば「萌え!」という感じで単純な感嘆詞としても相手に伝わるでしょう。

結論としてはどれでも構わないと思います。古くからある言葉としての「萌え」には活用があるようです。ただ、新しい意味として「萌え」に文法を当てはめることが間違っているのかもしれません。

おおざっぱに書いてしまいます。オタク文化とその周辺から発祥したと言われている「萌え」は狭い意味を持っていました。対象としては2次元のキャラクターがその代表でしょう。今や、深い趣味をもっている場合なら、ほぼ、すべてにつかえると思います。

◆文法も変わっていきます…

「ら抜き言葉」は現在でも問題になっているのでしょうか?例としては「見れる」や「食べれる」などですね。正確には「見られる」と「食べられる」です。他にもあります。「見れる」なら「見ている」が正しい表現の「い抜き言葉」です。「ら抜き言葉」に関しては、さらに「起きられない」が「起きれない」と、2つの音が抜けている場合も増えてきました。

両方とも口語に近いといえるかもしれません。もちろん、マスメディアなどではルールが定まっており、注意深く守られているはずです。正しい日本語に沿った決まりですね。言葉は時代とともに変わっていきます。そもそも「萌え」を文法的に解釈することは未だ早急なのかもしれませんね。